真田丸永野芽郁の経歴は?千姫の生涯や大阪の陣ラストも調べた!

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2016年大河ドラマ 真田丸

関が原の戦いも終わり、物語も佳境になってきましたね。

新しい「真田丸」ポスターには堺雅人さん演じる真田信繁にヒゲが生えました!

真田丸では重要な(おそらくラストになる)「大阪の陣」も見え始めたところで新キャストの発表がありましたね。

千姫永野芽郁さんが決まりました。

千姫ってどんな人物か知っていますか?

「大阪の陣」で悲劇のヒロイン的なお姫さまなのです。

千姫の運命が大きく関わる大阪の陣と永野芽郁さんが演じる可憐な悲劇のヒロイン千姫のことを調べてみました。

 

千姫を演じる永野芽郁さんプロフィール

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出典:http://news.mynavi.jp/

本名:永野芽郁(ながのめい)
生年月日:1999年9月24日
血液型:AB型
出身地:東京都
職業:女優、ファッションモデル、タレント
活動期間:2009年~

所属事務所:スターダストプロモーション

経歴

小学校3年生の時に吉祥寺でスカウトされて芸能界入りをします。

●2009年映画「ハード・リベンジ、ミリーブラッディバトル」で10歳の時にスクリーンデビュー。

●2010年 

・ファッション誌「ニコ☆プチ」でレギュラーモデルを務めます。

・ドラマ「ハガネの女」では主演女優の吉瀬美智子の小学生時代を演じます。

・大河ドラマ「八重の桜」で女優 佐藤みゆきの幼少期を演じました。

●2013年6月~2016年3月 ファッション誌「nicola」のモデルとして活躍。

●2015年 映画「俺物語!!」で初ヒロイン役

●2016年

・ドラマ「こえ恋」で初主演

・8月から雑誌「Seventeen」のモデルとして活躍中。

・大河ドラマ「真田丸」で千姫に決まりました。

 

現在16歳の永野芽郁さん、大河ドラマ出演は2010年「八重の桜」以来2度目になります。

「八重の桜」の出演時は、11歳でした。

大阪の陣の時、千姫は18歳でしたので永野芽郁さんと年齢は近いですね。

聡明で美しい姫だったという千姫、永野さんのイメージにぴったりです。

でも千姫はこの大阪の陣で悲しい結末を受け入れることになります。

 

↓高畑裕太さんの代役で大河ドラマデビューです!

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徳川家に生まれて豊臣家に嫁いだ姫、千姫の生涯は?

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出典:https://ja.wikipedia.org/

千姫は、父 徳川秀忠母 江(ごう)の間に長女として生まれます。

千姫の母である江(ごう)は、浅井三姉妹の末娘です。

浅井三姉妹とは、母をお市の方にもつ長女 茶々(のちの淀の君)、次女 初(京極家へ嫁ぎます)、三女 江(2度の離婚、3度目の夫が秀忠)のこと。

お市の方は織田信長の妹ですよね。

父である徳川秀忠は、徳川家康の息子で二代目の徳川将軍になる人物。

千姫は、7歳で豊臣秀吉の側室 茶々(淀の君)と豊臣秀吉の唯一の嫡男である豊臣秀頼と結婚します。

茶々は江(ごう)の姉にあたるので、夫となる秀頼は従兄という間柄でした。

夫の秀頼は豊臣家、父親は徳川家という千姫の周りの環境は特殊でした。

千姫の容姿は祖母のお市の方と曽祖父である織田信秀の聡明さと美しさを受け継ぐ美貌の姫君だったそう。

夫 秀頼とは仲が良かったと周りの侍女たちの証言が残っています。

千姫16歳の時の「鬘削」という女性が黒髪を整える儀式を夫 秀頼がしていたのだそうです。

祖父である徳川家康や父 秀忠から可愛がられ、後の第3代徳川将軍となる弟 家光とも仲がよかったことで、歴代の幕府の千姫に対する扱いは丁寧なものだったとか。

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千姫の悲劇と最期は?

茶々が秀頼を大将に徳川家に仕掛けた「大阪の陣」(後述で詳しく)の結果は大敗。

落城する城の中から徳川家の恩恵を受けて千姫は助け出されることになります。

夫 秀頼とその母 茶々は燃える大阪城の中で自害します。

夫を助けることが出来なかった千姫は、せめて夫と側室との子供を助けたいと体をはって命乞いをしました。

千姫の養女となったその娘は後に縁切寺で有名な東慶寺の住職となる天秀尼となりました。

秀頼の死後から1年後、桑名藩主 本多忠政の嫡男である本多忠刻と再婚し姫路城で暮らします。

2番目の夫 忠刻は眉目秀麗で有名だったことで美男美女夫婦だったとされています。

勝姫、幸千代と子供を二人もうけますが、幸千代が3歳で亡くなると不幸が続きます。

夫 忠刻、姑 熊姫、母 江と相次いで亡くした千姫は本多家を出て出家(天樹院)、残された娘 勝姫と2人で江戸で暮らします。

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出典:https://ja.wikipedia.org/

やがて勝姫が嫁いだことで一人暮らしとなりますが、弟 家光の側室 夏とその三男 綱重と暮らすようになったことで大奥で大きな権力を持つことになります。

70歳で死去するまで徳川家の恩恵を受けながら静かに余生を過ごしました。

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真田丸のラスト!大阪の陣

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千姫が夫を亡くすことになった「大阪の陣」

真田信繁が最期を遂げる戦でもあります。

「大阪の陣」は冬・夏と二度ありました。

その経緯はどんなものだったんでしょうか?

真田家側から見て解説したいと思います。

徳川家が勝利した関が原の戦いの後、真田家は配流となります。

配流になったのは、兄 信之は徳川家についていたことで死罪を免れた結果でした。

配流先の紀伊国九度山で父 昌幸は死去、信繁は出家して好白と名乗ってその地に留まることになります。

徳川家康と豊臣家の静かな攻防戦

徳川家が優位に立って政治を行うことで、豊臣家として残っていた茶々と息子 秀頼の存在や扱いが難しいものになってきます。

この時、家康は70歳

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出典:https://ja.wikipedia.org/

秀頼は20代くらいで、家康は自分の死後の心配も頭の中にあったようです。

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出典:https://ja.wikipedia.org/

2年で家康は将軍の座を息子 秀忠に譲ります。これは徳川家の世襲」をアピールするもの。

豊臣家の秀頼は右大臣となって申し分ない役職についていましたが、徳川が位が上と見せ付けられる現状でした。

そんなこともありプライドの高い茶々は何度も息子を城に呼ぶ家康の要望を断り、徳川家と溝を作ることになってもお構いなし。

なんとか仲を取り持とうと豊臣家家臣(加藤清正など)が家康と秀頼の面会まではこぎつけて、和解したと周りは安心します。

せっかく面会も済んだこの後、豊臣側の家臣たちが相次いで亡くなったことで豊臣家の不安と孤立が始まります。

豊臣家が徳川政府を挑発するような行為をすることで、徳川家は対策を怠らず戦の準備をしていました。

大阪 冬の陣のきっかけは徳川家康のパワハラ?!

京都にある方広寺の鐘の修繕を豊臣秀頼に任せた徳川家はここで大きく出ます。

鐘の刻印「国家安康」と刻まれている文字は

」と「」が離れている、徳川家に呪いをかけたんだろ!

とイチャモンをつけるんです。

↓実際の方広寺の鐘の文字の写真です。こんなところからよく文字を見つけてきたなと関心。

今でいうパワハラしてたんだ家康は!

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出典:https://ja.wikipedia.org/

豊臣家の言い分は聞き入れられずに戦へと向かっていきます。

ここで大阪冬の陣の始まりです。

豊臣家の兵は寄せ集めの浪人ばかりでしたが、ここで力を発揮するのが真田信繁でした。

父もなくなり、兄 信幸は徳川家についていたの真田家の家を守るという忠義はなく、ただ豊臣秀頼」のために戦うことに決めての参戦でした。

真田家の戦略「真田丸」により優勢であったことで徳川は負ける手前まで追い込むことに成功。

徳川家の方から和解を求めてきたことでこの戦は終わることに、、、?

これが曲者 徳川家康の策略として今後の展開を徳川家優勢に変えていきます。

大阪 夏の陣

和解条件に、大阪城の外堀を埋めることとあったことで戦の要、守りの一手である大阪城の掘がなくなります。

慌てた豊臣側が堀を再び元に戻そうとしたこと、徳川家の思う壺でした。

「戦う気がまだあるのか、大阪城を出て地方に住むのか!」と迫ります。

豊臣家は引くに引けずに大阪夏の陣が始まります。

ここでまたしても真田信繁の活躍によって徳川本陣は2度も撃破

しかし寄せ集め兵である豊臣家に疲労と勝ち目のなさで士気が下がっていくことに。

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真田信繁の最期

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出典:https://ja.wikipedia.org/

真田信繁の善戦むなしく敗戦の色が濃くなって疲れがピークのときにその時が訪れます。

信繁が休憩中に名もない兵士に討ち取られるというむなしい最期でした。

敗戦も決定的になり、燃える大阪城の中で秀頼と茶々は自害。

落城の中、家康は孫の千姫を助ける命を出します。

秀頼23歳、茶々は49歳だったといわれています。

この後、戦のない世の中として徳川幕府が250年続いていくことになりました。

 

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まとめ

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出典:http://www.nhk.or.jp/

・徳川秀忠と江の娘として生まれた千姫は、7歳で豊臣秀吉と茶々の息子 秀頼と結婚します。二人の仲の良さは周りが認めるほどでした。

・大阪夏の陣で夫 秀頼を亡くした後は、再婚しますが、再び夫に先立たれます。70歳の生涯を終えるまで出家尼として静かに余生を過ごします。

真田丸の見どころである、大阪の陣が迫ってきました。

実はこの戦いまで真田信繁はあまり武勲のない武将だったそうなんです。意外ですね!

これだけの活躍をしたのに討ち死にどころか一般兵に倒されるという最期が悲しく思いますね。

最期は豊臣家に忠義をつくした真田信繁の最期となる大阪の陣、悲劇のヒロイン千姫の美しさとも併せて見てください!

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